横浜地方裁判所 昭和57年(ワ)948号 判決 1984年10月28日
原告
長崎会一
右訴訟代理人
武井共夫
林良二
被告
東亜起業株式会社
右代表者
立石直毅
右訴訟代理人
猪瀬敏明
主文
一 被告は原告に対し、金一〇万円及びこれに対する昭和五六年一〇月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する
三 訴訟費用は原告の負担とする。
四 第一、三項につき、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、二五〇万円及びこれに対する昭和五六年一〇月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告の有していた権利等
(一) 原告は、訴外加藤昌子(以下単に「加藤」という)を連帯保証人として昭和五一年一二月二〇日、昌栄産業株式会社に対し、二五〇万円を貸し渡した。
(二)(1) 訴外西本機械株式会社(代表取締役西本岩雄、以下西本機械という。)は加藤に対し、昭和五六年一月一七日、その所有にかかる別紙物件目録一記載の(一)の建物(以下「本件建物」という)を代金四〇〇万円で売り渡した。
(2) 原告は加藤との間で、昭和五六年五月二五日、前記(一)の貸金債権を担保するため本件建物について代物弁済予約をし、右予約に基づき本件建物につき、所有権移転請求権保全の仮登記(昭和五六年七月二三日受付第五六三五七号)をなした。
(三) 加藤は、訴外西本プラント建設株式会社(代表取締役西本岩雄、以下西本プラントという。)に対し、昭和五六年一月二七日、本件建物を代金八〇〇万円で売り渡す旨の契約をしたが、その際、原告は、加藤との間で、右売買代金八〇〇万円から、原告が加藤に対して有する前記二五〇万円の貸金債権につき弁済を受ける旨の合意をした。
2 被告の侵害行為
(一) 西本機械の所有にかかる別紙物件目録2記載の土地(本件土地の敷地も含まれる。)及びその地上の建物について、昭和五五年五月二〇日、横浜地方裁判所において、(同庁(ケ)第二三六号)任意競売開始決定がなされ、同月二一日付けで競売開始の登記を経た上で、被告が同月二九日に右不動産を三億〇六七四万五〇〇〇円で入札し、同年六月五日に競落許可決定を得て、同月二九日代金の支払を終えた。
(二) そして、被告は本件建物の敷地所有者として原告及び加藤昌子を相手方として、横浜地方裁判所(昭和五六年(ヨ)第九一六号)に本件建物の処分禁止の仮処分を申立て、その決定がなされ、さらに被告は同年八月九日ころ、加藤昌子の制止も聞かず、突如として本件建物を取り壊した。
(三) しかしながら、被告の前記競売による本件建物の敷地を含めた土地等の所有権の取得については、入札にあたつて暴力談合がなされ、原告に対抗できないものであるから、これを被保全権利とする右仮処分決定は違法であり、また、本件建物の取り壊しも被告の故意過失に基づく違法なものである。
3 損害
(一) 本件建物が存在していれば原告は前記1(二)(三)のとおり加藤に対する貸金二五〇万円の回収が可能であつたが、被告の本件建物に対する不法な処分禁止の仮処分と不法な取り壊しによつて右回収の方法を失い、かつ、仮登記担保権及び弁済を受ける期待権も喪失するに至つた。
なお、加藤は本件建物の他に原告の貸金債権の支払いにあてうる財産を有しない。
(二) 被告の不法な前記侵害行為により原告の受けた精神的苦痛は甚大であり、右苦痛を慰藉するには金二五〇万円を以てするのが相当である。
4 結語
よつて、原告は被告に対し、不法行為に基づく損害金五〇〇万円の内金二五〇万円及びこれに対する右不法行為の行われた日の翌日以降である昭和五六年一〇月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実について
同(一)を否認する。
同(二)(1)を否認し、同(2)のうち本件建物につき原告主張の仮登記の存在することは不知であるが、その余は否認する。
同(三)を否認する。
2 請求原因2の事実について
同(一)を認める。
同(二)のうち原告主張のとおり仮処分がなされ、その主張のとおり本件建物が取り壊されたことは認める。
同(三)を否認する。
3 請求原因3の事実は全て否認する。
三 抗弁
仮に本件建物が西本機械の所有に属していたとしても本件建物は別紙物件目録2記載の土地建物中にある(三)鉄骨造スレート葺平家工場の附属建物符号6の守衛所に外ならず、右守衛所は請求原因2(一)記載の入札によりその代金支払時である昭和五五年六月五日に被告がこの所有権を取得しており、加藤はもちろん原告も本件建物について被告に対抗できる何らの権利も有しない。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実を否認する。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1(原告の有する権利等)に対する判断
1 <証拠>によると請求原因1(一)記載の事実を認めることができ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
2 <証拠>によると請求原因1(二)(1)、(2)記載の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
3 <証拠>によると請求原因1(三)の事実を認めることができ右認定に反する証拠はない。
4 そこで、被告の抗弁につき考えるに、被告は本件建物は別紙物件目録2記載の(三)の建物の附属建物符号6の守衛所に外ならず後記認定の競落によつて、その所有権を取得した旨主張するが、<反証排斥略>、他に右主張を認めるに足りる証拠はなく、却つて右証拠によると次の事実を認めることができる。
(一) 西本機械は本件建物を昭和三四年頃社宅として築造し、未登記のままにしていたが、昭和五六年一月二七日保存登記(新築日付は昭和四五年一〇月一日)をし、同日付で加藤昌子に所有権移転登記をした。
(二) 西本機械及び西本プラントの代表取締役西本岩雄が、被告会社との間に別紙物件目録2の土地建物を約六億円で売却する契約をしていた関係で、被告会社が右不動産を後記認定のとおり競落するに際して、競落代金との差額の一部が入金されるものと思い、被告会社の代表取締役立石直毅に本件建物が右競売の対象物件となつていないことを明かすと同時に、本件建物にもと従業員(守衛)であつた五十嵐猪吉が居住している旨を説明して、その立退に協力した。
(三) ところが、右西本は被告会社からの右入金をもつて加藤昌子に八〇〇万円を支払つて、本件建物の所有権を西本プラントに譲受けたうえで、被告会社の処分にまかせることとしていたが、右入金がないためこれらの計画がくずれた。
(四) そのため、加藤昌子及び本件建物に前記2で認定した仮登記を得た原告が、本件建物についての所有権を主張するに至つたので、被告会社は原告に対し本件建物の所有権は競売によつて取得したとして、これを被保全権利とした処分禁止の仮処分を求め、かつ、原告及び加藤昌子に対し本件建物に対する各登記抹消に関する訴訟を準備した。
右事実によると、本件建物は別紙物件目録2の建物に含まれていないことを認めることができる。
二請求原因2(被告の侵害行為)に対する判断
1 請求原因2(一)及び(二)の事実は当事者間に争いがない。
2 そこで、請求原因2(三)の事実について考える。
(一) まず、<証拠>によると、別紙物件目録2の不動産の競売について競売屋が暗躍し、談合がなされたうえで被告会社に競落されたことが推測され、右認定に牴触する被告会社代表者本人の供述部分は前掲証拠に照らして措信できず、他に右認定に反する証拠はない。
右事実によると、確かに右競売につき不正行為があつたといえるが、これによつて直ちに右競売手続が無効となるものではないし、また、前記一4で認定のとおり右競売の対象外である本件建物の仮登記権利者である原告と競落者たる被告会社の間に、そもそも、本件建物について対抗問題の生ずるいわれはなく、原告主張のように対抗を問題とする余地はない。
したがつて、本件仮処分が不法であるか否かは右競売の不正とは何んらのかかわりもない。
(二) 次に、本件仮処分が違法であり被告に故意過失があつたか否かについて考えるに、<証拠>によると、本件仮処分は被告会社が本件建物の所有権を右競落によつて取得したことを被保全権利とするものであり、これが理由のないことは前記一4で認定したとおりであるが、被告会社が本件仮処分申請に踏切つた当時、右競落における裁判所の関係書類からみて、本件競落物件中に本件建物が含まれていると信じたことに無理からぬ点があり、この点に過失があつたとは断じえないし、また、本件仮処分はその執行をせず取下げられていることを認めることができる。
確かに前記一4認定のとおり、被告会社代表取締役立石が右仮処分前に西本等より本件建物が右競売対象物件でないことを告げられていたことを認めうるが、しかし右立石が裁判所の関係資料から本件建物が別紙物件目録2の土地上にあるところから一括競落され、その所有権を取得したと信じて本件仮処分をなしたことを非難することはできない。他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
右事実によると本件仮処分につき被告会社に過失があつたとはいえないし、また、仮に、過失が認められても、本件仮処分は執行されておらず、原告が本件建物を処分するに何らの支障はないから、原告に被害を与えておらず、これを理由とする原告主張の損害賠償請求を認める余地はない。
(三) そこで、被告会社の本件建物の取り壊し行為について考えるに、右行為が違法なことは前記一4の認定によつて明らかであり、また、<証拠>によると、被告会社は、当初は本件仮処分及びそれに続く本案訴訟によつて本件建物の撤去を考えていたのにその意思をひるがえし、あえて法的手続によらず自力をもつて加藤昌子の抗議を無視して本件取り壊し行為におよんだことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。
右事実によると、被告の本件建物の取り壊し行為は仮に本件建物が自己所有物だとの考えに基づくものであるとしても故意にもとづく違法な行為といわざるをえない。
三請求原因3(損害)に対する判断
1 被告会社の本件建物の取り壊し行為によつて本件建物に存する原告の仮登記担保権の侵害されたことは明らかであるが、<証拠>によれば本件建物は被告会社が競落した別紙物件目録2記載の土地上にあり(この点、原告も自認するところである。)、加藤昌子は昭和五六年七月二三日本件建物につき所有権移転登記をなし、同日付で原告は右加藤から本件仮登記担保権の仮登記を受けているが、本件建物の敷地を含む別紙物件目録2の競売申立の登記は昭和五五年五月二一日になされているので、加藤は被告会社に右敷地の前所有者西本機械からの賃借権を主張できず、被告会社から右土地所有権に基づく本件建物収去土地明渡の請求を受け、早晩、本件建物は取り壊されるべき運命にあり、その結果として原告の本件仮登記担保権も消滅することを認めることができ、右認定に反する証拠はない。
してみると、被告会社の本件建物取り壊しによる本件仮登記担保権消滅による損害は単にそれが早まつたのみでしかないといわざるをえない。
なお、本件競売には不正がありその結果被告会社が本件建物の敷地所有権をもつて、加藤昌子の右敷地の賃借権に対抗できない旨の主張があるが、本件競売手続に右のような不正がある場合は、その競売手続内で是正を求めることによつて救済を受けるべきであつてこの救済手続をせずに右のような主張をすることはできない。
2 次に、原告は、本件建物の取り壊しによつて、加藤昌子が西本プラントに本件建物を売却した代金八〇〇万円が受領できず、原告が加藤から貸金債権の回収ができなかつたので期待権が侵害された旨主張するが、<証拠>によると、確かに加藤と西本プラント間に右約定が存したことを認めうるが、右事実を被告会社が知つていたと認めるに足りる証拠はなく、却つて、被告会社代表者本人尋問の結果によると被告会社は右事実を知らなかつたことを認めることができる。
してみると、前記のような原告主張の特殊事情を理由とする損害賠償請求を認める余地はない。しかも、証人西本岩雄の証言によると、西本プラントから加藤昌子の受領する売買代金は、被告会社からの入金を期待してのもので、右入金は被告会社から拒絶され、本件建物の取り壊しの有無にかかわらず、西本プラントから加藤への支払いができない状態にあつたことを認めることができるから、被告会社の本件建物の取り壊し行為と原告主張の右損害との間には因果関係もないといわざるをえない。
3 そこで、原告主張の慰藉料請求につき考えるに、前記認定によると被告会社は加藤昌子が所有し、原告が仮登記担保権を有する本件建物の撤去を法的手続によらず違法な自力救済により断行したのでありその結果として原告に精神的苦痛を与えたことは明らかであり、右事実及び被告会社が本件建物の敷地の所有権を競落により取得するに至つたいきさつ等諸般の事情を考慮すると慰藉料としては一〇万円が相当である。
四結論
叙上の事実によれば、原告の本訴請求は金一〇万円及びこれに対する昭和五六年一〇月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(山口和男 櫻井登美雄 小林元二)
物件目録1、2<省略>